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広汎性発達障害(Pervasive Developmental Disorder: PDD)と他の疾患との合併がある時に注意すること
今回は「広汎性発達障害(Pervasive Developmental Disorder: PDD)と他の疾患との合併がある時に注意することについて」です。
大学病院勤務時代、よく考えていたテーマの一つに、PDD(ASDといってもいいですが、私の現役時代はPDDだったのでこちらの呼び方で書かせていただきます)とその他疾患の合併についてがありました。特定不能型と呼ばれるPDDNOSまで入れると、かなりの割合でPDDを合併していると私は思っていました。島国である日本にPDDが多いんじゃないか、とさえ思っていました。
PDDがあるということは、対人相互性の障害は必ずあるということですので、他者の心の理解、が苦手となります。空気読めなかったり、相手の立場になってものを考えたりするのは、あまり得意じゃない人、です。これは他人の心の理解が苦手というだけでなく、自分の心の理解も苦手なのです。例えば冷や汗をかいていたりしても、それが緊張しているから自分が汗をかいている、とは思えないこともあるということです。「緊張していますか?」と聞かれても、「いや、緊張していません」と答えるということです。つまり本人が自分で認識している自分と、実際に本人の中で発生している感情、感覚がずれている可能性があるのです。自分で認識できなければ、その思考、感情を自分で何か名前をつけてラベリングできませんから、結果として自分のものとして捉えることができません。ちょっと難しいのですが、そういうことが起こりうるのです。
そうなると本人が自分の口で語ることが、すべてその人の中で発生している何か、と全く同じものではない可能性がでてくるということです。
これを踏まえた上で治療に入っていかないと、意図せず診断を間違えたり、治療で必要な情報を取り違えたりして、間違った方向に治療が動いていってしまうことがあるので注意が必要なのです。
PDD+(何かの疾患)とう組み合わせの場合、すべてのケースでそのようなことが起こるわけですが、私は救命救急センターリエゾンをやっていたこともあり、PDD+BPD、というケースを少なからずみることがあり、その考察を論文で発表したものがあります。
親からみた自分の子どもの生育歴と、本人から見た自分の生育歴が異なってくる、というのがこの論文のセンターピンとなっています。
以下に一部引用しましたので、文章ちょっと固いですが、参考にしてみてください。
自殺企図で救命救急センターに搬送された境界性パーソナリティ障害(Borderline Personality Disorder: BPD)と広汎性発達障害(Pervasive Developmental Disorder: PDD)を合併した患者に対して退院後に外来治療を行い,2年以上自殺再企図を防止している症例を経験しました。症例の治療を通じて,思春期BPD,PDD合併例の生育歴の特徴,自殺再企図防止を目的とした治療的アプローチについて考察しました。
広汎性発達障害の自殺企図は思春期自殺企図例の中に少なからず存在しており,自殺企図で救命救急センターに入院となった患者94名の中でPDDの診断がついたのは12名(12.8%)だったと報告されています。これらのPDD症例の中にはパーソナリティ障害が合併している可能性があります。特に,BPDは自殺企図の中で頻度の高いパーソナリティ障害であり,PDDとの併存が認められる場合もあると思われるが,これまでBPDとPDDを合併する思春期自殺企図の再企図防止に対するアプローチについての報告はありませんでした。
Ⅰ.本症例の診断
本症例ではⅠ軸の疾患としては,DSM-Ⅳ-TRでは大うつ病性障害,特定不能の広汎性発達障害(Pervasive Developmental Disorder –Not Otherwise Specified: PDDNOS),Ⅱ軸の疾患として,構造化面接であるSCID-Ⅱを施行しBPDと診断しました。これまでに報告があるように,BPDは生来の気質があり,それに不認証環境が加わり形成される疾患であると考えられています。しかし本症例はSCID-Ⅱ上ではBPDの診断がつくものの,母親から生育歴を聴取したところBPDの生育歴の特徴である不認証環境がはっきりとは確認できませんでした。
Ⅱ. BPDとPDD合併例の生育歴の特徴
次に,BPDとPDD合併例での生育歴を考察します。思春期以降に出会う患者の中には,本症例のようにBPDの症状,たとえば漠然とした空虚感,不安的な対人関係,一日の中で変動がある気分の変調,気分の落ち込みにともなう自傷行為などを認めながら,生育歴上に強い不認証環境を認めない一群がいます。その場合にはPDD,特に思春期までそのことでは問題にならない程度の特徴しかないPDDNOSを合併している可能性があります。本症例のように,横断的,操作的にはBPDの診断基準を満たしても,その生育歴はBPDの特徴を持っていない,あるいはあまり認められない子どもがいます。具体的には,母親がある程度情緒的でありBPDの環境因子である不認証環境が存在していないことがあります。
つまり,臨床上では本人のBPDという診断から予測される生育歴(不認証環境)と実際に聴取できた生育歴にずれが生じてしまうのです。その場合にもう一度生育歴を詳細に聴取し,2者関係からさらには3者,4者との複数との関係を両親からだけでなく,学校の担任,友人などから聴取していく必要があります。すると,複雑な対人関係になってきた頃から対人関係において不自然さが出現していたりすることがあります。もちろんそのことは問題として浮き彫りになっていないこともありますが,本症例のように詳細に調べていくと対人相互性の障害やコミュニケーションの質的な障害を見つけることができます。また急な予定変更が苦手であったり,行動がある程度パターン化されていたりすることもあります。
ここでPDDが存在することによる非定型なBPDが形成される理由について考察します。本症例で本人に母親のことを聞くと「自分は愛されていない。ほかの兄弟よりも大事にされていない」と話し,母親に聞くと,「ほかの兄弟よりも育てにくかった。何を考えているのかわからないと話しました。この原因としては本人にPDD特性があるために母親の愛情を理解し受容するのが苦手なことが挙げられます。すると,結果的には本人が母親から愛されていないと感じ,気を使ったり,我慢したり,要求をださなくなっていきます。このような関係が幼少期から積み重ねていくことで,本人が「愛されていない,認められていない,うまくいかない」と感じることが多くなり,自己評価が低下していきます。一方母親も,「なんだかうまく育てられないな」という不全感は強くなっていきます。PDDが存在することで母親と本人の愛着のずれが生じ,それが年月を重ねるごとに大きくなり,結果的として不認証環境に類似した母子関係が形成されBPDを形成する一つの原因となっている可能性が考えられます。
なお、PDD特性を持っていれば「母親に愛されていない」ことで苦痛を感じたり、悩んだりすることがない症例もあると想定されます。対人相互性の障害の程度についてはPDDの中でもある程度の幅はあり、その障害の強さにより母子関係の愛着がどれくらい形成できるのかが変わってくるのではないかと考えます。本症例では生育歴上、人見知りあり、分離不安も少ないが認めていることからも母子の愛着が少なからず形成されており、それゆえに「母から愛されていないことを悲しい、つらい」と本人なりに感じたのだと思われます。つまり対人相互性の障害が非常に強い場合には本症例のようなケースには発展しない可能性も考えられます。
今回自殺企図で当院救命救急センターに搬送となったBPDとPDDを合併した思春期症例を経験しました。本症例をもとにBPDとPDD合併例の生育歴の特徴,BPDとPDD合併例に対する再企図防止を目的とした治療的アプローチについて考察を行いました。
BPDとPDD合併例の生育歴はBPDとは異なり,BPDの原因の一つでと考えられている不認証環境が典型的なBPDとは異なる理由で作られている可能性があります。本症例では子どもにPDD特性があるために家族(特に母親)との愛着のずれが生じており,そのためにBPDの症状が出現していました。そしてPDD特性があるために母親からは育てにくく,子どもからみたら愛情を感じにくい状況が生育歴上に発生していたことを本人,家族が理解することでお互いの関係を修正していくことができました。
本症例のように,思春期自殺企図症例の中にはBPDと診断することができるが,PDDを合併しているケースが少なからず存在すると思われます。思春期BPDを横断的に診断するだけではなく,生育歴からの連続性を踏まえて縦断的に診断していくことにより,BPD症例の中に典型的ではない生育歴を見つけることができます。そのような症例の中からPDDを適切に診断することで,典型的なBPDとは異なった治療的アプローチを行い効果的に治療を進めることができる可能性があるのではないかと思います。
加藤晃司
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